地元の人はこの辺を旧境町あるいは境地区と呼んでいるようです。
現在所属する市よりも、合併以前の旧町名で親しまれている。それは昔からの住人が多く、古い喫茶店が生き残る土壌とも言えます。
「豆の樹」も素敵なのですが、個人的には東武伊勢崎線の線路と県道312号線の交差する角にある「街角茶論」こそが境町の風景の象徴的存在だと思っています。
「豆の樹」を出た後は、訪問済の「街角茶論」を通り過ぎ、一回駅に戻ります。未知の喫茶店が駅の反対側にあるからです。
しかし駅に着くと、前回境町に来たときは完全スルーしていた駅前の通り(県道297号線)が目にとまりました。
何やら気になる店のようなもの。遠くから見ると純和風なのに、近寄るとイスラム風。ショーウィンドウがタージマハルみたいな形をしています。なぜか酒屋だと思い込み、納得して通り過ぎたのですが、帰宅してからマップで確認すると、ハラール料理の店でした。
ところでハラールってご存知ですか? みんな知らないよね(決めつけ)、実は私も知らないんだ(笑)。「イスラーム法において合法なものの事をハラールという」ようです(日本ハラール協会)。ハラール料理は、そのハラールに則る食材や料理のことのようですが、非常にデリケートなものなので、私の解釈も勘違いしているかもしれないので、大いに疑ってください。
この不思議なハラール料理の店に吸い寄せられてしまい、本当はすぐに駅の反対側の喫茶店に行くつもりでしたが、予定を変更し、こちら方面を歩くことにします。
なにやら気になる通りを見つけ、わき道にそれます。
「山本」という写真店がありました。「焼増しらくらく」の案内がぶら下がっていましたが、こちらは現役なのでしょうか(どうもそうは見えない)。
【訂正】内山豆腐店と書きましたが、腐ではなく富の字でした。
どうやらこのわき道は商店街のようです。年季の入った豆腐店がありました。不思議なのですが、喫茶店などは閉店何十年の放置物件をよく見かけますが、豆腐屋さんは廃業放置店舗を見かけた記憶がありません。なぜか現役です。
な、なんだ!これは!地面に埋まってるのか?
瓦屋根の位置が地面すれすれなんですけど。なんとも奇妙なビジュアル。要塞のような鉄兜のよなカブトムシのような(-_-;)。なぜこんな形の建物なのか皆目見当が付きません。米酒店というのは、米屋&酒屋ということでしょうかね。日本酒は米から作るので、親和性は高いですが。
フォートというと、写真屋さんでしょうか。長野市の権堂の商店街でもフォートという表記を見ましたが、フォトより洒落た響きがします。
現役ではなさそうですが、珍しいビジュアルの美容室。パーマの文字が青空に映えます。
「境町分院」という書き方。病院ぽいのですが、美容室でも使うことがあるのですね。
わき道からさらにわき道にそれると、気になる看板。
ガラスブロック使いが素敵な「荻野肉店」。シャッターがおりてるのですが、やさぐれた感じもないので、現役の可能性があります。正面に大きく「いらっしゃませ」の文字が印象的です。
こちらを最後に、わき道を抜け出し、大通りに出ました。
交差点の角にありました。三連アールの窓辺が優美。窓にカプチーノ、エスプレッソの文字があるので、喫茶店だということは明らかなのですが、現役感は薄い。
なんとも玄人感のある家。元は何だったのか分かりませんが、何かの商売をしている雰囲気はありません。
薄ピンクの艶めかしいトタン張りと尖塔のように突き出た部分といい、やっぱり普通の家には見えません。
予定外の散策だったため、この大通りが何通りなのかチェックしてませんが、現役感の薄い薬局「セイワ堂」の隣に、修理工場跡地のようなものがありました。
大通りからほんの10~20メートル内側に入っただけなのですが、そこに生えてた草の種(刺々しい)が足にびっしりくっ付き、一日中チクチクと不快感だったということを報告しておきます。
「旧例幣使街道」と書かれた杭が立っています。
例幣という見慣れない文字がありますが、意味が分かりません。しかし、かなり歴史がある街道であることは伝わってきました。
エムケイ
ブログを通して多くの方に純喫茶の魅力を伝えていきたいと思っています。
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