ネルケンで、『月光』が聴きたい。
人で混み合うJR中央線の電車内。中野を出た瞬間、急に思った。
あっという間に、高円寺。ドアが開く。ホームに人が流れ、つい勢いで、そのまま電車を降りてしまった。
東京都杉並区高円寺南3-56-7 (JR高円寺南口徒歩5分)
急な思いつき。でも、ネルケンでリクエスト…できたっけ?
昔はリクエストを受け付けていたが、今はマダムが場の雰囲気に合わせて名曲をセレクトしてる、とどこかで聞いたことがする。
扉ひとつ隔てた完全なる聖域。
昭和の匂い、という表現はなんか違う。時代を超えている。それとも時空を超えている?
ネルケンを語る際、だれもが高貴なマダムのことを口にする。創業年から考えると、かなり高齢のはずだが、シャンとして、それでいて柔らかく上品な物腰。
私が注文するのは、いつもはコーヒーだが、この日は夏の終わりで、まだ少し蒸し暑さが残る夜。冷たいものが飲みたかった。
「ソーダ水をください」
いつもなら、すんなり「○○でございますね」と返事が返ってくるのだが、この日は違った。
「ソーダ…水…、ソーダ水、ソーダ水?」
ソーダ水を頼むお客なんて、珍しいのかしら? いっそオレンヂにしておけばよかったのかも。
「スカッシュ、ソーダ、フロート?」カウンターに戻りながら、口ずさむマダム。
何が出てくるのか、少し不安…。
カウンターから、氷を砕く音が聞こえる。
大丈夫。ソーダ水。一瞬でも、疑ってしまった自分を恥じ入ります。
ところで、リクエストの件。ベートーベンの『月光』をリクエストできますか?
「ピアノソナタでございますね」
そうです!そうです!月光、置いてますか?
「何でもございますよ。今すぐおかけしますね」
何でもある。本当に何でも? …と思わなくもなかったが、この高貴なマダムに、そんな突っ込みをする勇気はとてもありません。
少しして、暗く、重い、ピアノの調べが静かに流れ、店内がじんわりと緊張感に包まれた。厳かなムードになる。
下を向いて、じっくり瞑想。
途中から、ピアノが激しく連打。徐々に昂ぶってきました。
思わず、開いた窓から外を眺めた。月光ならぬ、月が見えるかと思って。
でも、目に入るのは、青々とした木々、緑色の庇、それから人工的な街燈の明かりだった。そして、隣の古着屋から話し声と、オートバイの音が聞こえ、爽やかな風が吹き込む。
やはり此処は高円寺。
だとしても、思わず浮世を忘れてしまう、素敵なひとときでした。
やっぱり名曲喫茶はいいですね。
エムケイ
ブログを通して多くの方に純喫茶の魅力を伝えていきたいと思っています。
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