観光地にあって観光客がいない純喫茶が理想である。
さらに言えば、誰も足を止めず、気にも掛けず。まるで空気のようにヒッソリとしていて欲しい。だが、なぜか私の目にはとまる。
そんな身勝手で都合の良い願望を叶えてくれる純喫茶が、美観地区入口と中央一丁目交差点を結ぶ大きな通りにあった。
岡山県倉敷市中央1-6-25
その名は「ユンボ」。えっ!?ユンボ? 思わず建設現場にあるショベルカーを思い浮かべてしまった。
一見したところ、どうということのない落ち着いた外観だが、醸し出すオーラと波長にビビビときた。
埋め込まれた食品サンプルケース。喫茶との一体感に純を感じてしまう。
変色し年季の入ったサンプルも極めて純。そして愛らしい象のマスコット。
入ってまず目に入るのは窓辺。日当たりの良い、外が眺められる特等席だが、そこは人間様のためではなく植物専用の席だった(笑)。
素敵だ、素敵すぎる。
ここに入ったのは正解。どこかどうというわけではないけど、一瞬ですべてを好きになってしまった。
先客は静かに週刊誌を読む男性1人だけ。間違いなく観光客ではなく、慣れ親しんだ常連さん。先客に礼儀を払い、少し離れ引っ込んだテーブル席に座る。そこには、あり得ない格好で体を傾ける、エキセントリックな女性の絵が飾ってあった。
ところが、マダム。「暑いからこちらへ移ったら?」先客男性のすぐ後ろの席へ移動を促された。エアコンの風が届かないらしい。
ここにも象がいる!
絶対、象には何か意味があるはず……。
暑いのでレモンスカッシュ。花模様のコースターに乗って出てきた。大原美術館のパンフレットと一緒に記念撮影。
この後すぐに男性客は帰ってしまい、マダムと私の2人だけになってしまった。普通は気まずくなりがちだが、なんと心得たことか、マダムは背を向けテレビ鑑賞。ほったらかし方が実に上級者!
ついさっきまで人波にもまれていたので、このゆったりした空気が嘘みたいだ。
「今日は暑いですね。どちらから来たんですか?」帰り際に聞かれた。私が観光客だということは一目で分かったらしい。
純喫茶巡りのために東京から1人で来たと答えると、「うちも古くてね。45年(だったと思う)かしら? 改装しようと思ったこともあるけど、今はまたこの古さが見直されてるみたいね」と言い、雑誌を見せてくれた。
その雑誌は創業40年以上の喫茶店だけを集めており、前日訪問した「西洋乞食」「喫茶ウエダ」も掲載されていた。そして、超超凄い純喫茶も(ああ…)。お洒落で綺麗な個所を切り取ったグラビアで、後半には店主インタビュー、マッチ箱の写真も載っていた。
西洋乞食のも出ている(うわー!)。前日の訪問では忙しそうでマッチの所在は聞けなかったが…。ユンボのマッチ箱も同じページに載っており、一瞬でキャーとなるほどのときめきのデザイン。象のイラスト入り。やはり、ここでも象だ。それもそのはず、ユンボの店名の由来は、フランス語の仔象。
危うくガテン系なショベルカーで印象が固まるとこだった。 (^^;
「どうせなら沢山持っていってね」 籠からがばっとつかんで、5個渡してくれた。いいの? いいの?
あまりにも感激して、「この後、友達が岡山に行くので、そのときここに来るよう勧めておきます」と言うと、
「…それはいいわ。日によって早く閉めてしまうこともあるし、定休日の木曜日以外でも休むときは休むし。いつやめてしまうかも分からないし」
来てくれるのは嬉しいが、そのためにわざわざは心苦しい。倉敷に観光で来て、ついでに寄って空いてたら入るくらいが気楽でいい。現在の常連さんがそうで、営業してたら入る、閉まってたら帰る。そういうスタンスなんだそう。
ハッとした。これって、ここに限らず他の純喫茶すべてに言えることでは?
店を出る前にもう一度窓辺を眺める。この無造作ぶり、天然ぶりがアートの領域。このままで永久に時を止めてしまいたい。
マダムが外まで見送ってくれた。
木でできた入口の看板について語ってくれた。ユンボを何十年も見続けた生き証人?であるが、実は2代目。初代はケヤキの木で作ったが、すぐに盗まれてしまったんだって! それで次はケヤキほど高価ではない木にし、盗まれなくはなったが、おかげで今はすっかり朽ちかけている。
「最初のケヤキだったら今でも充分もったと思う…」
と前置きをしたうえで、
「けど、これも愛着あるのよ」とマダムは言った。
エムケイ
ブログを通して多くの方に純喫茶の魅力を伝えていきたいと思っています。
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